レヴィ=ストロースの庭

f0053506_14585718.jpg港千尋氏の本を最近良く読むことを以前にも書いたことを記憶していますが、気になっていて読みたかったエッセイをようやく手にして読んでいます。

「レヴィ=ストロースの庭」(NTT出版)

レヴィ=ストロースは、フランスのブルゴーニュの別荘で暮らす思想家です。
このクロード・レヴィ=ストロース教授のインタビューは、愛知万博博覧会の創刊誌「くくのち」として紹介されたようです。「週刊読書人」でも紹介されていました。

3編のエッセイから構成されているのですが、<庭の神話>では、神話の話が出てきたり、例えばカラジャ族の「森の掟」に関する神話であったり。アマゾンは、森であると同時に庭であったりすることなど。アマゾンは、「原生林」ではなく、人間と森がつくりあげた文明の自然であるというあくまでイメージであるが、なかなか興味深いです。

森が、本来の森であるかどうかというのは私自身が興味があることの一つなのですが、昔はそんなことはあまり考えなかったことです。個人的に生物学者の本などに触れていると、日本が森を神と崇める気持ちだとか、前回見た映画に「ミーシャ」に登場する白い狼を神と感じる心とか。日本人特有な考え方であるような気がします。それについて研究したり詳しく調べているわけではないのですが、そういう風に感じることというその特有な気持ちはどこからくるのか不思議です。

最近私が、「なぜ写真を選んだか」とか「写真を特別なものとして考えるようになったか」とか(今はしょっちゅう撮っている訳ではないけれど)、そういうことを実践するためにやはり写真をやっていくべきだと思うようになりました。その答えは見えないけれど(見えてしまうとやる意味がないような気がする)、に「何をやるべきか」ということについては決まっています。今までは何か良く分からないけれど、やらないと気が落ち着かないとか、やらないと生きている意味がよく分からないというような感じでしたが、「何をやるべき」ということは、はっきりしていなかったような気がします。美術大学で勉強するからには分かっておかないとちょっときついと思いますが(私なりに)、独学しているときからつねにそのことは考えていたような気がします。だから早いうちにその答えが見つけることができて(現時点では)ちょっとほっとしています。

意気込みはいつも十分なのですが、どこまで完成するのかというのはやはり「気持ち」次第だと思います。若いときはなんでも出来るような気がするのも無心だったからだと思いますが。今は知っているからこそ出来るという気持ちでこれからの人生は考えていかないと、ということはいつも考えていることですが。

「レヴィ=ストロースの庭」からはちょっと遠ざかってしまいましたが、写真も文章もためになるような書籍です。

Sora


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by sora_atmosphere | 2009-03-20 15:48 | 本/Books